
しまうち みか
SHIMAUCHI Mika

おばけだぞ〜
アクリル絵具、油絵具、コラージュ、ドンゴロス
162.0×130.0cm
2025年
ステイトメント
「自分よりも大きな力にどう対応するか」というテーマのもと、平面作品から立体、インスタレーションに至るまで、幅広い表現の実験を行っています。
私は熊本県で生まれ育ち、地元の大学で学ぶなかで、ロダンを中心とする西洋近代彫刻に影響を受け、塑像を中心とした彫刻制作を学びました。大学卒業後に作家活動を始めましたが、2016年の熊本地震で自身の彫刻作品が崩れ落ちる様子を目の当たりにしたこと、そして2020年以降のコロナ禍の経験を通じて、自然災害や重力といった自分では制御できない大きな力の前に立たされたとき、人間の小ささや無力さを強く実感するようになりました。
かつては「小柄な女性でも大きな作品に挑戦する」「重力に抗うように制作する」といった意識で活動していましたが、地震とパンデミックという二つの出来事を経て、抗うだけでなく、むしろ自らの「弱さ」を受け入れ、弱い存在としての人間に向き合う作品をつくりたいと考えるようになりました。その意識の変化は、作品の形態にも大きな影響を与えました。堅牢な立体作品を目指してきた制作から、より柔軟で、儚さや揺らぎを許容するような平面やインスタレーション作品へと展開していきました。
パンデミックによる移動制限の時期には、自身が開催した展覧会も途中で中止を余儀なくされるなど、もどかしさを感じる場面もありました。しかしその中で、近隣の神社を訪れ無病息災を祈るようになったり、地元・熊本の不知火海に現れたとされる妖怪「アマビエ」や地域の風習に触れることで、西洋美術史を中心とした軸とは異なる視点―地方に生きる私たちが持つ土着的な信仰や感性―に出会い、「創造することとは何か」をあらためて見直すきっかけとなりました。かつては迷信と捉えていた地域固有の風習が、今の困難な時代においては、実は実践的で深い示唆を持つものであることにも気づかされました。
近年は、伝承や風習が今も色濃く残る南九州へ拠点を移し、特に「来訪神(らいほうしん)」のリサーチに力を入れています。来訪神とは、ナマハゲに代表されるように、年に一度現れて無病息災や子どもの成長を祈る神々で、南九州でもその風習は今も多く残っています。しかし近年では、現代の生活様式の変化や少子化による担い手不足などから、その姿も次第に失われつつあります。
一方で、地方の風景は外資系企業の進出や画一的な商業施設の増加により、急速に変化しています。私はこのような中で、失われつつある土地の「記憶」と、目の前に広がる「俗なる風景」との境界があいまいになる状況を、作品を通して再構築したいと考えています。
そして、両者の共存や、あえてそのアンバランスを描き出すことによって、「今を生きる私たち自身」を肯定できるような作品を目指しています。

来訪神のシリーズ「ようこそ!わたしたちの土地へ!」
アクリル絵具、油絵具、コラージュ、ビーズ、モール、ドンゴロス
72.7×116.7cm
2025年
奨学期間中の取り組みについて
私は大学で絵画専攻ではなかったこともあり、これまでは高校時代に出会って使用していた油絵具を中心に使用し、特に新しい画材に挑戦する余裕がなかったのが正直なところです。表現においても、衝動的に筆を動かすスタイルだったため、混色の時間を取らずにチューブから直接絵具を出して使うことが多く、色の選択肢も固定されがちでした。今回の奨学期間は、そうした慣れを一度リセットし、支持体や筆、絵具に対して実験的に向き合う大きなきっかけになりました。
最近は、ドンゴロスというコーヒー豆の輸送に使われる麻袋を支持体にしています。彫刻を学んでいた自分にとって「手応え」のある実在感を持ち、自分の作品世界に合う素材だと感じていました。しかし、凹凸の大きな表面では絵具が伸びづらく、大胆な線やスピード感ある筆致を保つことが難しいという課題がありました。この奨学期間中には、その問題を解決するために、ホルベインの製品を用いていくつかの試みを行いました。まず、支持体の目止めにはアートグルー(膠)を使用しました。それまではクリアジェッソを使用していましたが、それにはコーティング感があり、やや不自然に感じていました。今回はアートグルーを麻布に5回以上塗り重ね、湯煎やろ過といった工程も初めて経験しました。自然に染み込むような質感を得ることができ、画面との距離が縮まったような、充実した制作体験になりました。
画材との向き合い方の変化は、技術面だけでなく、制作に向かう姿勢そのものにも影響があると感じています。個人的なことですが、私は最近まで赤ちゃんを育てており、居心地の良い生活空間を整えることが制作より優先される日々でした。赤ちゃんのいる生活の中で、絵具をたっぷり使うような制作とどう両立していくかには、想像力と工夫が必要でした。
生活環境、家族の問題、身体的・時間的制約、どれも制作とは切り離せない問題です。出産後、理想論だけでは制作は継続できないと実感しました。そのような中で、この奨学期間に「自分にとって心地よい画材」を使って機嫌よく制作できたことは、創作に非常に良い影響がありました。
また、今回は使用機会が少なかったものの、水で扱える油絵具「デュオ」は、匂いが少なく、自宅でも油絵具を使えるという点で、育児と制作の両立に新たな選択肢を与えてくれました。以前、粉ミルクしかなかった時代に缶ミルクが出た時に感じたような、生活の中に「選べる」という喜びをもたらしてくれた気がします。デュオもまた、そうした可能性を感じさせてくれる存在でした。今後は、小さな作品を自宅で制作する場面などで、より活用していきたいと考えています。
自分の表現に合った素材を柔軟に選び、私生活も制作もあきらめず、欲張りに創作活動を続けていきたいと思っています。

リリーちゃんの世界
アクリル絵具、油絵具、コラージュ、ドンゴロス
72.7×116.7cm
2025年
奨学期間中に最も使用した
ホルベイン製品について
今回の奨学期間で最も頻繁に使用した画材は、アカデミック油絵具でした。これまで油絵具は高価という印象があり、少量ずつ使いがちだったのですが、アカデミック油絵具により思い切って量を使った実験的な制作をすることができました。
絵具をペーパーパレットではなくお椀にたっぷりと出し、ペンチングオイルと混ぜるという方法を試しました。どろりとした粘度を作り出すことで、ペンキのようにたっぷりしたタッチとしっかりとした不透明感を得ることができました。発色も良く、またこの方法により、ドンゴロスという分厚く、目の粗い麻布を支持体に塗る際に発生する「伸びの悪さ」という課題にも対応できました。また絵具のチューブを直接画面につけて描くことでできる立体感も好きなので、空のチューブに混色した絵具を詰めて使用するといったこともしました。大容量なので心置きなく実験することができました。
他にも、アクリル絵具の「アクリリック ガッシュ」を多く使用しました。私は油絵に入る前に画面の大きな構成を早く乾かしながら行うためアクリル絵具を使用しており、油絵具で描く時と同じく筆跡を残すようにして描いています。アクリリック ガッシュは出した瞬間からやわらかく(筆跡が消えるイメージ)、高校時代から使い慣れていたアクリル絵具は硬めだったので、最初はその質感の違いに戸惑いましたが、画面に色を置くまでの手間が少ない「初動の速さ」は強みだと思えるようになりました。またジェルメディウム ハイソリッドを混ぜることで絵具の硬さも調整できることがわかってきました。衝動的に筆を動かす私の制作スタイルでは、チューブから直接取り出せる色のバリエーションが多くあることはとても有用なことだったのだと気づき、反省しました。豊富な色展開により、これまで混色では難しかったような微妙な色味も簡単に使用でき、自分の表現をさらに広げてくれるように感じました。混色する作業時間が少ない分、色そのものが持つ力に頼る部分が大きく、アクリリック ガッシュの色数と質の高さが制作の助けになりました。
筆に関しても、これまで「硬い筆=凹凸に強い」という思い込みがありましたが、リセーブル1100のような柔らかい筆の方が、凹凸の谷間に絵具が自然に入り込むことができると気付き発見となりました。他にもいろいろ画材に対する思い込みや知らないことがあり、それにより表現が制限されていたことにも改めて気付かされました。絵具や筆など、もっとホルベインのシリーズを試してみて、これからも愛用していきたいと思います。
プロフィール
しまうち みか SATAKE Makiko
個展
グループ展
受賞歴他
パブリックコレクション
その他
