
中小路 萌美 NAKAKOJI Moemi

にはふ
油絵具、キャンバス
130.3×162.0×4.0cm
2025年
ステイトメント
(1)「みる」ということ
⾒ることを意識せずぼんやりと全体を眺めている様な時、形の意味がわからず不可解なものが⾒えることがある。
驚き、今度は「⾒ること」を意識するが、不可解に思ったそれはもう⾒ることはできず⾒知ったものになっている。単に⾒間違いともいえるが、その⼀秒にも満たない間、今までの知識や経験が通じない別せかいを垣間⾒たような気がするのだ。
(2)完成図を作らず、層を重ねながら⾊とかたちをさぐる制作プロセス
そのような体験をした⾵景をキャンバスに⼀層⽬としてそのまま描き、形と形を分解、回転、合成を画⾯上で繰り返しながら再構成する。
遠くの山と手前にある建物の間にあったはずの空間は、ぺちゃんと潰される。まるでサンドイッチを強く押すとレタスやハムがはみ出してくる様に圧縮され、はみ出した空間がかたちにまとわりつき、現実の空間では隣り合うことはない距離のあるもの同士が徐々にお互いへと行き交い始める。
そうして三次元の世界が二次元のせかいへと移行し、空も建物も樹木もすべて等しく、ただの「色」と「かたち」になってゆくのだ。
更に層を重ねてゆくと、意味を持たなくなった⾊とかたちが徐々に反応しあい、不思議なかたちが⽣まれてくる。私はこれらを「むにゃむにゃしたもの」と呼んでいる。
むにゃむにゃしたもののかたちに特に具体的な意味はない。⼤切なことは、⾊とかたちがどうなりたいのかをつぶさに観察することである。
(3)世界(せかい)とは
脳は基本的に省エネで、特に視覚に関しては、前後の整合性がとれていれば詳細は曖昧なままイメージを作り上げてしまうことがある。だから⾒間違いや、いつも⾒ているはずの場所に「こんなものがあっただろうか。」と、ある時急に気が付くのだ。「みる」ということは⾮常に曖昧で不確かなものであり、そうした曖昧さこそ、私たちの常(つね)なのかもしれない。
私の作品には答えがない。ある⽇は人にみえたり、風景にみえたり、ただの⾊の塊にみえる⽇もあるだろう。
普段⾒ている世界は本当に正しく、全てなのか。私たちはどうやって世界を捉えているのか。
これはそうした問いでもあるのだ。
(4)絵画という自然
みるということの曖昧さ・不確かさから始まり、色とかたちとの対話の末に生まれたむにゃむにゃは、自分の感覚の追体験、再表現などではない。
私にとっての絵画は、私たちのいる世界に同じように存在しており、見る人によって変化し続ける、言うなれば絵画という「自然」を作りだしたいのである。

ぺぺと
油絵具、キャンバス
80.3×100.0×3.0cm
2025年
Photo by Oギャラリーeyes
奨学期間中の取り組みについて
今まで気になっていたが、チャレンジできていなかったことに挑戦するとし、以下の3つの方針を主軸とした。
(1)油彩を使用した制作の継続と見直し、発展について
下地、オイル、絵具といった油彩の基本的な部分において、習慣になってしまっていた部分がないか改めて見直すこととした。
中でも長らくグルーキャンバスに直接油絵具で描き始める方法で描いているのだが、吸収性下地や半吸収性下地、層の厚みややすりがけの細かさなど、いくつかのパターンを作成しどの下地が今の表現に合っているのかを比較、検証した。
また、オイルは今までは基本的な構成のみだったが、新たにメディウムやオイルを加えることで乾燥の速度やテクスチャーの調整が可能となった。
絵具もあまり使用してこなかった色を中心に選び、組み合わせや、層を重ねることで得られる新たな色彩などを探ることができた。
(2)ドローイングの支持体と画材の検討
どことは覚えていないがどこかでみた「ある一瞬のなにか」を30秒~1分ほどで描いた《今日のかたち》というドローイングシリーズ。
今までは身近な感覚を表現するために日常的に馴染みのあるコピー用紙に染料インクを使って描いていたが、全体的に耐久性に不安があり、またドローイングとタブローの間のような作品にもチャレンジしてみたいと考えていた為、《今日のかたち》をベースにさまざまな画材を組み合わせることを模索した。
最終的に、水彩紙やケント紙にアクリリック[インク]、色鉛筆、水彩絵具、オイルパステルなどを使用することでタブローとはまた違った表現に繋がったと思う。
(3)新たな表現方法の模索
今まで取り組んでいた油彩やドローイングの流れから少し違った表現方法を探ることにした。
(1)、(2)が最新の画材を利用したのに対して、逆に古典技法から取り入れられるものはないか、油彩ではエンコスティック、ドローイングではシルバーポイントに着目し取り組んだ。
エンコスティックはこれまでの表現とは大きく違い、物質感を強く感じる作品となり全く違う印象の作品となった。全体のバランスが難しく自分の表現とするにはまだしばらく時間がかかりそうだが、今後も継続的にチャレンジしていきたい。
シルバーポイントは繊細な時間経過とともに線の色が変わるという点が面白く感じた。通常は作品の状態変化を好まないが、絵画にも時間の経過が現れることが生物の様でもあり自作品にはよくあっている様な気がする。工夫して作品に取り込めたらと思う。
スカラシップのおかげで、自分だけでは踏み出せなかった一歩を後押ししてもらった。材料だけでなく、こんなようなことをしてみたい。といった抽象的な相談にもさまざまな提案をしてくれたことが非常に心強かった。制作は孤独な作業であるが、それを親身に支えてくれる存在がいるということが、何よりも支えになったと思う。
この貴重な機会で得たものは多く、それぞれを今後もゆっくりと発展させていきたい。

今日のかたち
アクリル絵具、水彩絵具、色鉛筆、紙
5.5×9.1cm
2025年
奨学期間中の取り組みについて
・シルバーホワイト
自分の作品に欠かせない絵具の筆頭である。
特にホルベインのシルバーホワイトは柔らかくなめらかで、混色しても乾燥してもうっすらした光沢が失われることがない。何十層も重ね塗りをする際にも調整がしやすいため非常に重宝している。
・画用液/スペシャルマット ペンチングオイル
画面上の艶の調整や、いままでとは違った表面にできないかと思い、いくつかのメディウムなどを使用した中でこのオイルが一番使いやすく効果もあった。特に透明色では艶がスッとひいて、何層か重ねるとすりガラスの様な表面となり、面白い効果が得られた。
・アクリル絵具/アクリリック[インク]
一般的な染料インクと使用感があまり変わらず、スピード感をもって描けるものがないかを探しており、今回初めて使用したのだが、アクリルの発色の良さと耐光性を備えつつ、混色やメディウムでの質感調整も可能で非常に使い勝手が良かった。
また、今まで万年筆を使って描いていた為つけペンで使用してみたところ、細かな描写や線に強弱をつけることができ、インク同士自由に混色することができたので元々使用していたインクに近い色を作ることもできた。そのため作品の雰囲気が大きく変わることもなくあまり違和感なくスムーズに移行することができたと思う。
専用の詰め替えマーカー容器(0.7mm)もつけペンとは違った雰囲気を出せて面白かったので、こちらを使用したパターンも検討していきたい。
水彩絵具や色鉛筆、オイルパステルといった他の素材を上から重ねてもしっかり発色し、インクの乾きも早く掠れることもあまりないので、すぐ次の作業に取り掛かることができてよかった。
・色鉛筆、オイルパステル
どちらも今まで制作に使用したことがなかったが、滑らかさと発色の良さには非常に驚いた。
色鉛筆は色としての存在感がオイルパステルなどにも負けておらず細かな部分の色彩表現が可能だったし、ニュアンスを残しながら重ねることができたので単純に塗っただけ。とはならず色の深さを追求できた。
またオイルパステルは柔らかく力を入れると少し盛り上げることもできるほどで、油絵具に近い感覚で使用することができた。特にホワイトの使い勝手が良く、単色でも、他の画材の上から重ねて複雑な表情をつけることもできてとてもよかった。今後も幅広く使用していきたい。
プロフィール
中小路 萌美 NAKAKOJI Moemi
個展
グループ展
受賞歴他
パブリックコレクション
その他
○参考文献
大島徹也:「中小路萌美 作品 2017~2019」 リーフレット(テキスト)
千葉真智子:「NAKAKOJI Moemi 3cm前のせかい」 リーフレット(テキスト)
○作品協力
