
平子 暖
HIRAKO Dan

今日も線を引いていく
アクリルマーカー、キャンバス
59.4×42.0×2.7cm
2025年
ステイトメント
私は芸術を喪失させた地平で、自分の生を記録するように日々淡々と線を引き続けることで、芸術作品を作ることそのものを否定するという絵画を制作しています。情報が氾濫し、様々な表現手段がある現代において絵画を選び絵画を描いていること、絵画が絵画であることとはどういうことなのかを問うために、具体的なモチーフや物語性、画面上の主知主義的な操作を一切排除した絵画を描いています。
現代においてはデジタルツールでの制作、VRでの仮想空間上への描画、AIに絵の制作の依頼ができる時代です。そのような時代の中において最もアナログな媒体である絵画を選んで制作している私は、絵画が絵画であることに対しての批評的な視座を持つ必要があると考えました。自分の内面的な世界や感情を表現することが絵画に対する批評性を獲得することに繋がらないと考えた私は、主知主義的な操作を排除したミニマルな動作を反復していくだけの絵画を描こうと思い立ち、今の作品(画像の作品)の形に繋がっていきました。
現在のA判サイズの支持体にただ横線を引き続けるようになる少し前の作品は、複数色のアクリルマーカーを用いて線を交差させ、自分の生が織物のようになって現れるという作品を制作していました。しかし、織物のように見えることとサイズや色のバリエーションが様々あったことで、コンセプトを明快に伝えることができていないと感じました。そこで視覚的な快楽を限りなく減らし、1作品あたりに1色のマーカーのみを使用し、同じサイズと色の作品を複数点作っていくことで表現の核がより純化されると考え、今の形に至っています。いわば芸術が無化された地平で永遠の無を受け入れ、宇宙の中でただ燃え尽きるのを待つ恒星のように、ただ線を引き続けています。織物のような作品はS号の作品が多かったのですが、A判の支持体に横線を引くことでプリンターから紙が排出される様が想起され、機械的に線を引いていく様と重ねられると思い、A判を採用しています。
また、アクリルマーカーの線描の方が筆と絵具によるものよりも、より生を記録していくということに対して従順な態度を示せると思い、マーカーを採用しています。完成した作品は私が画面の前で過ごした時間が線に変換され、マーカーのインクの出具合によって層ごとにムラができ地層のようになっている画面となりました。フリーハンドで線を引くことにより線が歪んでいき、遠くから見ると歪みがシワのように見え、一見すると何で描かれたのか分からないような不思議な質感の画面になりました。

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奨学期間中の取り組みについて
奨学期間中の主な取り組みは、これまで使用したことがなかった画材を使用してみて、それらの使い心地はどうか、コンセプトに対して画材が適切かどうかを考察していました。
奨学前のここ2年くらいの取り組みは、キャンバス、または木製パネルを支持体に、ホルベイン アクリリック[インク]のみを使用し、画面上に日々淡々と線を引いた平面を作ることに専念していました。作品サイズは基本的にオリジナルのため、木製パネルは自作のものを使用していました。表面にジェッソやアブソルバン、漆喰などを塗布する場合もあれば何も塗らず使用することもあり、塗った場合とそうでない場合の絵具の表情を比べる考察をしていました。例えばキャンバスの場合、ジェッソを塗った方が発色と絵具ののりが良くなり、その一方で、何も塗らなかった場合は絵具のムラができ、線を引いているという肉感的な表情が際立つように感じられました。平面ごとに塗った方が良いか、そうでない方が良いか、その都度考えながら制作していました。
また、奨学期間中は様々な画材を試す良い機会となりました。画材を提供していただける機会をいただいたので、これまで使用したことがなかった画材を使用してみました。例えば、アクリリック カラー [イリデッセンス]やアクリリック カラー[フルイド]、イージーペイントなどの絵具類はいわゆる「絵を描く」ことに結びついてしまうのではないかと懸念していたため、ここ数年全く使用していませんでしたが、紙肌ペーストやクリアジェッソなど下地も含め、いろいろ試してみました。ホルベイン・スカラシップがなければ、絶対に使用しなかったであろう画材を試したことで、アクリリック[インク]のみの表現から少し離れ、これまでの自分の活動を相対的に捉えることができました。その結果、最終的には現時点における自分の表現には、絵具や下地の物質感は必要無いという結論に至りました。芸術を喪失させた地平で制作をする以上は最小限の工程で制作をしていく必要があると考え、絵を描くことに結びつく絵具の使用や下地作りの工程は省かれるべきものであると考えました。ホルベイン・スカラシップがあったからこそ自分の表現にとって必要なものが見えたので、有意義な期間だったと感じました。
今後の活動方針としては、アクリリック[インク]と0.7mmの詰め替えマーカー容器を用いて極限まで要素を削ぎ落とした単色の線描の絵画作品を制作していきます。現在の作品のコンセプトに対しては0.7mmのマーカーとアクリリック[インク]が最も適切な画材であると考えていますので、暫くはこれらを使用していくことになるだろうと考えています。
奨学期間中に最も使用したホルベイン製品について
私が奨学期間中に最も使用していた画材はアクリリック[インク]です。奨学期間前から頻繁に使用しておりましたが、他の製品を使用していく中で、やはり最終的にアクリリック[インク]が現在の私の表現に最も適した製品であると感じました。専用の詰め替えマーカー容器を使用することで、マーカーのようにアクリル絵具で描くことができる点が便利で長年愛用しています。筆を絵具につける時間が短縮でき、作業を進められることも魅力の1つです。また、より肉感的な線を絵具で引きたいという方には最適な画材であると感じられます。詰め替えマーカー容器は5種類の太さがありますが、私は0.7mmと6mmをよく使用していました。色の展開が多くインクごとに透明度が異なるので、作品の内容に合わせてマットな線を引きたい場合や透明性のある線を引きたい場合とで使い分けることができる点でも魅力です。
他にも様々な製品を使用しました。アクリリック カラー[イリデッセンス]は、見る角度によって色が変化する効果が得られ、新たな作品の見せ方の展開の可能性を感じました。アクリリック カラー[フルイド]は流動性に優れ乾きも早く、伸びやかな線を引きたい方に向いていると感じました。イージーペイントは簡単に使用できる手軽さと絵具の伸びの良さが特長だと感じました。1パックあたりの量が多く、どんどん使えて便利ですが、乾くと色が薄くなるという印象でした。手に取りやすい価格にするため安価の材料を使用しており、耐久性が1年ほどと短く、長期的な展示・保管を前提としている作品には不向きですが、そうではない作品には向いていると思いました。
下地の違いも実験しました。紙肌ペーストはその名の通り紙肌、もしくは壁紙のような質感になり、これにアクリリック カラー[イリデッセンス]を使用しました。かすれたような線を引くことができ、偶然性を取り入れたい際に便利だと感じました。クリアジェッソLは、キャンバスに塗布すると一見普通のキャンバスに見えるのにざらざらした質感になるので、不思議な感じでした。描画の際に抵抗感が欲しい方には向いていると思います。

今日も線を引いていく
アクリルマーカー、キャンバス
59.4×42.0×2.7cm
2025年
プロフィール
平子 暖 HIRAKO Dan
個展
グループ展
受賞歴他
その他
○コラボレーション
