絵具、絵画材料のホルベイン

Vernet Storyヴェルネ物語


かつて、ヴェルネという名の油絵具があった 。

日本で最初に洋画用絵具をつくったのが東京の花廼家(はなのや)、そこから独立した二代目によるブランド、桜木絵具を販売していたのがホルベインの前身、吉村商店であった。
1910〜20 年代のこと。明治期の日本は、西洋的な近代化を目指し、美術教育においても西洋画の手法が取り入れられた。
印象派に代表される当時の油彩画の隆盛はめざましく、明治政府も文化や産業の発展を積極的に支援した。
誰もが新しい豊かな国を夢見て努力を惜しまなかった、そんな時代であった。


「外国製品に負けない油絵具をつくろう」

桜木油絵具の品質や製造量に不満を感じていた吉村商店の清原定謙は、みずから本格油絵具の開発を決意。
入手しやすくしかも安心して使える国産油絵具の登場は、国内の画家たちの夢でもあった。
清原は技術指導者を招き入れて桜木油絵具を改良し、ついにより高品質な製品を完成させた。
これこそ、ホルベインブランドの油絵具第一号「ホルベインヴェルネ油絵具」であった。
国内の代表的な画家たちに意見を求めながら、さらに品質改良は続けられた。が、1941 年。清原は召集礼状により大陸へ。
1944 年、東京の製造工場が焼失。
ホルベイン油絵具の歴史はここで一度、完全に途切れる。
現在市場に出ているホルベイン油絵具は、終戦後復員した清原が、新工場で製造再開した製品なのである。
もはや誰もが「ヴェルネ」の名を忘れてしまった。

そして2010 年。ホルベインは新しい油絵具をつくった。


この21 世紀に、油絵具の原点をもう一度見直してみよう。本来求められる性能とは何かー。
有色顔料と乾性油だけのもっともシンプルな処方の絵具がもっとも色鮮やかで美しいことなどわかっていた。
しかしそれだけでは流通に耐える安定した製品にはならない。
ここに粘り強く研究を続けた膨大なデータと永年蓄積された製造ノウハウのすべてが注ぎ込まれた。
緻密な処方の設計と最新鋭の生産機の導入による、高い性能と安定性の両立。
顔料のかつてない高分散により、驚くべき滑らかさ、色の濃度、透明度が実現した。
これこそ、まさしくイタリアやフランドルのいにしえの巨匠たちが夢見た性能に他ならなかった。
基本処方が15〜6 世紀のプリミティヴなものであっても、21 世紀の最新技術がなければ誕生し得なかった絵具。
まさしく油絵具の第2の誕生である。油絵具の、そしてホルベインの原点。
ならば、開発時からその絵具を誰ともなくヴェルネと呼び出したのは、ごく自然なことであったかも知れない。
60 年以上の時を経た「ヴェルネ」の名は、600 年以上続く油彩画の歴史に新時代をもたらすべく復活したのである。