絵具、絵画材料のホルベイン

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大久保 紗也 
OKUBO Saya

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Spearing (mirror)
アクリル絵具、油絵具、キャンバス
145.5 × 112.0cm
2023年

ステイトメント

個人的な経験や記憶をきっかけに、そこに付随する物語性や社会性をレイヤーで隔てた制作方法を用いて絵画作品としています。

個人的な経験や記憶、というのは例えば1枚のポストカードがきっかけになる場合もあれば、幼少期の記憶の中にある本棚から見える背表紙のタイトルから出発することもある。些細なきっかけや思い違いが、歴史的背景を持った物語や出来事と繋がり、その接点がモチーフとなる。

モチーフとなるのは人物の行為、動作をしている姿がほとんどであり、時に恣意的な、意味ありげなポーズをとりながらも実際のモチーフはそこから読み取れる物語からは関係の遠いところから取っていたりする。(キリストを連想するポーズをとっているように見えるハリウッド俳優のスナップ写真など)

今日よく使われる「イメージ」という言葉は、つまりは「画像」なのだと思う。実体がなく、段差のない、重さのない画像。しかしだからこそどこにでも存在ができる画像。様々なデバイスが普及した今だからこそより強固に、イメージ=画像と絵画とはその平面性において切り離せない。絵画は常に画像に転化される。

ただ、絵画はもちろん完全な二次元平面ではない。そこにはキャンバスの布目があり、パネルの厚みがあり、そして絵具のマチエールがある。平面というよりも、極めて浅い立体という認識がしっくりとくる。

絵画上での線は、モチーフをたどる輪郭線として、または身体の痕跡として現れる。線をたどることで鑑賞者はそこから情報を読み取ることができる(または読み解こうとすることができる)。絵の上で線とは記号であり、文字に近い。それに対し色彩はそれそのもので存在することができる面である。それは光の粒子で、空気で、肉で、闇である。

私の作品の中での線とは、モチーフを捉えた視線であり、また自身の身体的な癖のためにその線にはミスと訂正、そしてズレが含まれている。線の写実的な正しさが目的では無く、身体を通して視線を描いている。そのためごく抽象化された線から鑑賞者はモチーフを読み解くことが困難になり、そこには常に齟齬が伴うことになる。

通常は輪郭線の内に存在するはずの色彩は大きく逸脱し、独立して画面を動き回る。モチーフの内と外は入り混じり、そのまま一つの風景となる。その風景はある何処か、またはある何事かを想起させ、個々の記憶とも混じることがあるかもしれない。

個人の記憶や身近な出来事が、物語や社会的事象、時制の異なる物事とつながった時に、私という主体を超えて世界を捉えることができるように思う。身体の癖や可動域がもたらす線や形のパターンと、その周りを飛び回る色彩との拮抗を見ることは、コントロールすることのできない偶発的な要素を受け入れること、そしてそれは人が関係する上で、必ず勘違いや齟齬、思い違いが生まれるそのどうしようもなさを受け入れ越えていくことに繋がっている。

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They
アクリル絵具、油絵具、プラスチック波板
95.0×76.5cm
2022年
Photo by Keita Otsuka

奨学期間中の取り組みについて

奨学期間中は奨学前の制作から引き続き、パネルを支持体としたシリーズ、波板を支持体としたシリーズ、そして立体作品の3つのシリーズを中心に作品を制作していました。

パネルと波板のシリーズについては前述したレイヤーを分けて制作するスタイルをとっていますが、奨学期間中の制作については特にラインと色面と、上にのる油絵具の色彩とのバランスをより複雑なものとすることに注力していました。ペースト状の絵具を重ねて削ることで制作するこの下地には、完成後にラインから覗くその色面の中に多様な混じりが見える層を作ること、例えば淡く水彩のような発色をする層を作るために薄く透明度の異なる色をランダムに重ねて削るなど試行錯誤を続けています。

また波板を支持体としたシリーズでは陰影を感じさせる塗装を施すことにより、以前の作品よりも支持体の特徴を生かした表面に変化してきました。これはモチーフに当たる光、そして影を意識したためで、2022 年末に開催された個展「 Box of moonlight 」( @WAITINGROOM )のテーマ性に合わせた作品展開となっています。上にのせる油絵具についても同じく、ペインティングナイフ等を使い、面で絵具をのせる部分と、点でのせる部分とで意識分けして制作しています。以前はより大きな面で絵具をのせ、ラインとの境にできる絵具のエッジから見えるその深くえぐれた断面を強調させるような方法をとっていましたが、前回の個展から波板のシリーズで小サイズの作品を作るにあたって、絵具ひとつの塊の大きさにもっと繊細に注意を払うべきだと考え認識を変えました。絵具を光の粒として捉え画面においていくという方法を現在は試しています。

また立体作品の制作も始めたことで、モチーフの捉え方、そして素材との結びつきなどについても意識の変化がありました。これまでは強固な画面、作品を作ることが主でしたが、今後の展開としてフラジャイルな素材、またはそのような感覚を呼び起こす素材も作品に取り入れていけたらと思っています。

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They/k
アクリル絵具、油絵具、プラスチック波板
42.5×35.5cm
2022年

奨学期間中に最も使用した
ホルベイン製品について

作品制作の中で最も替えの効かないホルベイン製品はストロングメディウムです。画面にのせた油絵具をスキージやナイフで引きずるように動かす制作方法では、絵具の飛沫一つにしても保持されそのままの状態を保てることが重要です。乾燥時の体積の減りがほぼ無く、しっかりと画面に固着してくれるため、油絵具には必ずストロングメディウムを混合した状態で使用します。マスキングを剥がした際のエッジも反り立った状態で保持され、作品の中にごく僅かに陰影を生じさせます。この画面に僅かに落ちる影が、絵画の幻想に溶け入らない実体(物質性)を主張してくれるように思います。

ストロングメディウムの次に多く使用する画材は、下地に使用するモデリングペーストです。作品のライン部分から見えている層が、モデリングペーストとアクリルとを混ぜた層となっており、制作の工程の中で最初に作品の印象を決める層でもあります。奨学期間中の作品制作では複数の色を混ぜて層を作り、下地の時点で一つの色面が完成されるような方法をとっています。最終的にマスキングテープを剥がし、絵具の間からのぞき見えるその色面が、所々でラインと色彩(油絵具)との橋渡しをしたり、逆に切り離したりという視覚的な効果を生みます。テープを貼るために、またラインの平面性を強調させ油絵具のマチエールとの差異を大きくするために下地層は平滑でなければならないので、ヘラでペーストを重ねた後にサンダーで削り表面を整え作成します。工具で削っても割れや乱れが起きない素材で無くてはならず、この点でホルベイン社モデリングペーストは適しています。盛り上げてマチエールを出す用途が主なモデリングペーストですが、平滑面を作る事にも適しており、特に色を入れて使用することで半透明の浅い空間を生み、層の厚みを感じさせる平滑面を作ることができます。定規で計ればわずかな厚みですが、ライン部分からこの下地層が覗くことで作品にやや奥行きを与えてくれるように感じます。

プロフィール

大久保 紗也 OKUBO Saya
1992年
福岡県生まれ
2015年
京都造形芸術大学美術工芸学科油画コース 卒業
2017年
京都造形芸術大学大学院芸術専攻ペインティング領域 修了
2023年
京都府を拠点に制作活動

個展

2022年
Box of moonlight  WAITINGROOM/東京
The mirror crack’d from side to side  六本木ヒルズA/D ギャラリー/東京
We are defenseless. / We are aggressive (無防備なわたしたち/攻撃的なわたしたち)   三越コンテンポラリーギャラリー/東京
2020年
They  WAITINGROOM/東京
2018年
a doubtful reply  WAITINGROOM/東京

グループ展

2022年
SPRING SHOW  WAITINGROOM/東京
2021年
ビューイング展  WAITINGROOM/東京
2020年
10TH  WAITINGROOM/東京
ビューインク展  WAITINGROOM/東京
2019年
大鬼の住む島  WAITINGROOM/東京
2017年
NEWSPACE  WAITINGROOM/東京
第4回CAF 賞入賞作品展  代官山ヒルサイドフォーラム/東京
美大生展2017  SEZON ART GALLERY/東京
京都造形芸術大学大学院 修了展  Galerie Aube/京都

受賞歴他

2022年
第35回ホルベイン・スカラシップ奨学生
2017年
第4回CAF 賞 白石正美賞