
谷崎 桃子 TANIZAKI Momoko

untitled
油絵具、キャンバス
145.5×122.2cm
2024年
ステイトメント
私は、絵画は直接的な表現が可能な媒体で、感情的なディテール、様々な関係性の中で生きることに対してのリアリティーを、恥ずかしげも無くさらけ出すことができる力を持っていると考えている。また、病的であったり、極端に孤独を伴う、弱い部分をもイメージとして表出する事でそのネガティブな事象を受け入れる助けになる。
他者の強い主張や、感情に触れる時、受け入れられなさや苦しみを伴うことは多い。他者や物事との間に一定の距離を保つことは傷つかないための必要な一つの自衛策である。しかし、物理的、精神的に、他者と一線を引くことやネガティブなものに蓋をすることは、副反応として不感症に陥る様な感覚を伴い、その感受性の低下に危機感を覚える。
他者に感情的であることや、弱い部分を晒すことは躊躇されることだと考える。バカにされるし不都合なことだ。ただ、私は長いこと躁鬱的な感情の上下に振り回されながらも、何かを通じて他者の強い感情に触れるたびに強い救いのようなものを感じたり、感受性のより研ぎ澄まされた奥深くに針を刺すような感覚がある。ムンクに太宰、アケルマン、画家の手紙、globe まで。それは例えば失恋ソングを自らの経験に重ねて聴き感傷に浸ることと相違ないし、それが世俗的で陳腐なものとは考えない。
それに付随し、最近はパンデミック後の生活の変化のせいで悩んでいた「不眠や不調」や「一見、非効率的で生産性のない時間」にフォーカスを当てて、人間が日常的に持つマッドネスを受け入れたり尊重するような制作を目指している。
例えば、不安や考えすぎで眠れずロウソクの火をみたり手紙を書いてやり過ごしたりする時間。風邪を引いた時、無意味に見ていたシーリングファン。旅先の災害やそれに伴う不都合な時間。母国語の違う友達と込み入った話をするときに長い時間をかけて翻訳機でお互い知らない言語を翻訳しあったり。その「一見、非効率的で生産性のない時間」や感情に振り回されてどうにもできない体たらくを否定せず受け入れることが人の持つ弱さを抱えながら生きるヒントになると考えている。
私は、困難を受け入れた上での回復の過程には大きなエネルギーが生まれ、取るに足らずロジックに従わない、学術的にはとりこぼされがちな感情を絵に描くことで、そのエネルギーを掴み、作品の中で示したい。

lighting
油絵具、キャンバス
31.9×41.0cm
2024年
奨学期間中の取り組みについて
奨学前は絵画を中心に制作していましたが、他にも、金属やファウンドオブジェクトを使用し、違った素材の立体作品なども制作して、インスタレーションのような構成の展示をしていました。絵画は主にイメージを扱うものと位置付けて、モチーフのデフォルメや形にフォーカスしていたので、素材に強いこだわりはありませんでした。主に人間の感情的なディテールを描くためにその描かれるシチュエーションに合わせて、写真など現実の形をなるべく参考にせず、人体をデフォルメして形取ることを大切にしていました。例えば、近年取り組んでいた「不眠」をテーマに描いた作品は、不眠症で眠れないギラギラの人物の目の中に、その人物の見ている風景を別レイヤーで描いており、構図や絵の作りこみにフォーカスした作品を多く制作しました。
奨学期間の直前はちょうど、目の中にその時の感情が反映した風景や記憶を描く方法を使わずに、人間そのものの感情のニュアンスを描くことに興味が湧いていた時期でした。今までの複数のレイヤーを使用して描く方法は継続して制作していましたが、構図や図像が複雑化して、絵としての面白さが出ても、「人間を描く」ことを追求するという点では、いまいち達成感を得られませんでした。
とりわけ最近は、ネガティブな感情をそのまま無駄に美化せず描くことに重きを置いていたため、打ち拉がれたり、アンニュイや沈んでいく感覚だったり、それらを描くときには構図やレトリックよりも絵具の微細な色相や質感、細かい人体のデフォルメによって手に入ると考えていました。過去にマッドネスやポジティブだけではない感情を描いていた画家の絵を再考していくと、そこには複雑化されていない構図と肉迫した質感があり、幸運にもそのタイミングでホルベイン・スカラシップ奨学生に選出していただき、絵具の質感や重なりを意識して筆致や絵具の重なりを意識して制作しました。
今後の展開としては、現在継続して制作している不調と共存する人間や生活をモチーフに、今まで多く制作していた大きいサイズの人物の動きやその時々の風景を、連続した構図や瞳の中に別のレイヤーとして描く作品も制作し、表情や色彩を使って感情に焦点を当てた小さいサイズの作品も制作しようと考えています。

深夜回遊
油絵具、キャンバス
103.3×97.0cm
2024年
奨学期間中の取り組みについて
最も使用したホルベイン製品は一つには絞れないですが、まずはターペンタインとペトロールといった揮発性の画用液です。ペトロールは使用したことがなかったですが、ターペンタインとは違った流動性を持っていて、画面に乗せたときにターペンタインと絵具の粒子の残り方が違い、微細ですがその差で描き味が変わることが好きでよく使用していました。他にも、今回スカラシップをいただいて、いろいろな画用液を試し、初めてスペシャルマットペインティングオイルを使用してみました。今まで、絵具の物質的な強度は出ましたが、光沢が強くなってしまっていたところ、この製品は自分の好きなマットな質感を調整して作れて、非常に便利でした。
二つ目はホルベイン油絵具「カドミウム マルーン」です。スカラシップをいただいてから初めて使用した色で、以前はブラウン系と紫系や、いろいろな色を混ぜてこの色に近い色を作っていましたが、この絵具はチューブから出た瞬間、理想の色でとても気に入って使用していました。また、以前から使用していた「コバルト ターコイズ」や「バイオレット グレー」などは相変わらず重宝しました。濃いグレーを作る時に逆色を使いますが、コバルト ターコイズやヴェルネの透明色など、グレードの高い絵具を使用すると、上品な印象になり、奨学期間はよく使用しました。逆に、上品な光沢感ではなく、マットな質感が欲しい時は、通常のホルベイン油絵具を使用しました。
下地材は、今まで必要な時はジェッソを愛用していましたが、アブソルバンを使用してみて、ジェッソよりハードではなくスムースな画面になり、描き味もよくてよく使用しました。
絵具以外の製品で気に入っているものはエコリムーバーです。うっかり筆を固めてしまった時に今まではストリッパーを使用していましたが、ストリッパーは皮膚につくと怪我をするので、扱いがとても難しかったです。こちらの製品はその心配もなく、不器用な私でも心配なく使えました。私物についてしまった絵具にも使用できて、出会えてよかった製品です。
プロフィール
谷崎桃子 TANIZAKI Momoko
個展
グループ展
受賞歴他