色材の解剖学⑮ 卵テンペラ絵具
色材の解剖学では、色材に関する基本知識から専門的な内容まで制作に役立つさまざまな情報をご紹介します。
卵テンペラ絵具
「テンペラ」とは何か
細密な描写、色調の鮮やかさ、やわらいだ光沢…。テンペラで描かれた西洋の古い宗教画などを見ると、油絵具とはまた違った魅力を感じます。一度はテンペラで描いてみたい、そう思っている人も多いのではないでしょうか。
テンペラは「テンペラーレ」というラテン語が語源。「正しく混合する」という意味ですが、今日の絵画界では「顔料を卵で練ってつくった絵具、及びそれを用いて描いた絵」の意味で使われています。接着成分に動物性タンパク質(主に卵や牛乳)を使った絵具で、油絵具が登場する以前は、絵具は全てテンペラでした。古典的なテンペラは卵黄と顔料と水を混ぜただけの簡単なものでしたが、15世紀頃から全卵に油、樹脂を添加し、色調に鮮やかさと深みを与える卵テンペラ絵具が主流になってきました。
卵テンペラ絵具のつくり方
卵テンペラ絵具をつくってみましょう。以下は、顔料を練るための卵メディウムのつくり方です。
処方
新鮮な鶏卵(卵黄+卵白)※ | 1容量 |
サンシックンド リンシード オイル | 1/2容量 |
ダンマルワニス | 1/2容量 |
防腐剤 | 4滴(または食酢 小さじ1~2杯) |
蓋付きビン | 1個 |
ビーカー | 1個 |
泡立て器 | 1本 |
※古い鶏卵は卵黄膜が破れやすく、卵黄のみを取り出すことができません。必ず新鮮な鶏卵を使用してください。
卵を卵のちょうど真ん中で割り、卵黄と卵白に分け、卵黄をビンに、卵白をビーカーに入れます。
卵黄は机に置いたペーパータオルなどで手のひらのぬめりを拭きながら、卵黄を転がして左右の手に交互に移し替えます。
そうするうちに卵黄の膜が乾いてきて指でつまんでぶら下げられるぐらいになります。
この膜を楊枝などで刺せば、卵黄の中身だけをビンに落とすことができます。残った卵黄膜は捨てます。
ビーカーに入れた卵白を泡立て器でよく混ぜ、メレンゲ状になるまで攪拌させ放置します。
ビンに入れた卵黄にサンシックンド リンシード オイル、ダンマルワニス、防腐剤を加え、ビンに蓋をしてよく振ります。
1/2容量の量り方
ちょうど真ん中で割った卵の殻に画用液を注ぐと卵の1/2容量になります。
放置していた卵白のメレンゲ部分を捨て、残ったさらさらとした下澄み液を混ぜます。
瓶に蓋をしてマヨネーズのようになるまでよく振ります。これが卵メディウムです。
この卵メディウムに、顔料、水(等倍〜倍量)を加えて、練り合わせたものが卵メディウム絵具です。
卵メディウムは冷蔵庫で保存すれば、半年〜1年間くらい使用できます。
長所と短所、絵を描く楽しみ
卵テンペラ絵具にはいろいろな長所があります。1. 細密な描写がしやすい、2. 油分を含まない地塗りの上なら、簡単に手軽に描ける、3. 失敗した部分がスポンジで簡単に拭き取れる、4. 乾燥が早く何層も重ねられるなどです。その反面、決定的な短所もありました。それは、1. グラデーションができない、2. 色調に濡れ色・透明感がない、3. ワニス引きすると、白亜を代表とする体質顔料が透明になって下層の色調が透けてきたり、一部の顔料の用いられた箇所が妙に濃くなって、浮き出て目立ってしまい、全体のバルールを壊すことがある、などです。
これらの短所を解決するために生まれたのが、油絵具でした。しかし、卵テンペラ絵具の欠点を克服するために、昔の画家たちはハッチングなど、それまでなかった独創的な技法を生み出しました。素朴な味わいだけでなく、卵テンペラ絵具の制約を逆手にとって、新しい技法や表現を試みてみる。それも、油絵具が生まれる前にあったプリミティブな絵具、卵テンペラ絵具を使って描く楽しみです。
色材の解剖学は順次資料室へ収録していきます。