色材の解剖学⑫ 水彩絵具と紙
色材の解剖学では、色材に関する基本知識から専門的な内容まで制作に役立つさまざまな情報をご紹介します。
水彩絵具と紙
水彩画家と紙の相性
水彩画をよく描く人は、支持体である紙へのこだわりが強いようです。市販されている水彩紙は絵具のしみ込みを抑えるためにサイズ剤(注1)が添加され、紙の水分吸収度が調整されています。しかし、水彩紙それぞれにサイズ剤の種類や量が異なり、紙の厚さも違うため、絵具のにじみ方は大きく異なっています。自分の画風や技法に適した支持体をつくるために、紙を抄いて自作するという手もありますが、それでは大変です。
ここでは、ホルベイン水彩メディウム・シリーズの「オックス ゴール」と「マルチ サイジング」を使って、にじみをコントロールする方法をお教えします。
(注1)サイズ剤というのはにじみ止めに使われる充填剤のこと。どうさ液とも呼ばれる。パルプを原料とする紙はそのままではにじみが生じやすいため、製紙工程でサイズ剤が用いられる。
紙のはじきを抑える〈オックス ゴール〉
水彩紙の表面は、基本的に水をはじく性質を持っています。特にサイズの強い紙では、絵具がはじかれてしまいます。絵具に数滴のオックス ゴールを加えることによって、紙のはじきが抑えられます。オックス ゴールは動物の胆汁を主成分とする界面活性剤の一種で、絵具の表面張力を減少させる力があるからです。
例えば、紙に水を張り、その上からオックス ゴールを数滴たらしたコバルトブルーの水彩絵具を塗ると、紙にしみるように青が広がっていきます。空などの表現に用いると、ぼかし効果が活きた色面ができます。また、脂がついた手で画用紙に触ると、その部分の絵具ののりが悪くなります。そんな場合、オックスゴールを混ぜて塗るとのりが回復します。
オックス ゴールは、基本的にパレットの上に出した絵具に混ぜて使います。描画用の筆洗器など大量の水に溶かして使うと、濃度が低くなりすぎて効果が出ません。
しみ込みを抑える〈マルチ サイジング〉
マルチ サイジングは、紙のしみ込みを抑える「どうさ液」です。にじみの強い紙に事前に塗布することで、水彩絵具のしみ込みを抑え、にじみにくくします。
原液を刷毛などで紙に塗布し、一日程度乾燥させてから絵具を塗るようにします。水で薄めることで、サイジングの効きを調整することもできます。マルチ サイジングがにじみを抑えるのは、紙の繊維の間にある小さな隙間を埋めるからです。大量に塗るとのりが悪くなって、絵具が剥落する恐れがあるので注意が必要です。また、吸収性のある紙は、濡れ色と乾き色に差が生じやすくなります。絵具が乾燥すると明度が高くなるので、あらかじめ乾き色の発色を確かめてから、使用する絵具を選択する必要があります。それに対して、非吸収性の高い紙は差が少ないので、基本的に濡れ色と乾き色は同じと考えて塗ることができます。マルチ サイジングで紙の吸収性を再調整すると、もとの水彩紙の場合と濡れ色、乾き色が違ってきます。制作にかかる前に、濡れ色と乾き色の差を確かめておくのがよいでしょう。
色材の解剖学は順次資料室へ収録していきます。