アーティスト インタビュー vol.14「中田 さつき」
次代を担うアーティストの背景、作品に対する思い、メッセージを伺い、その素顔に迫る「アーティストインタビュー」。
Vol.12からは最新の認定者である、第35回ホルベイン・スカラシップ奨学生のインタビューをお届けしています
その第3回目は、いま注目される作家のひとり、中田さつきさんにご自身のアトリエで話をうかがいました。
絵画とのかかわり アートとのかかわり
―中田さんは子どもの頃からよく絵は描かれていましたか?
やはりその頃から周りからは絵が上手といわれていましたか?
絵はよく描いていましたね。
母は普通に褒めてくれました。実は母に褒められたいから描いていた、という事が強くて。
母にみてほしい、という気持ちです。
私は三姉妹の真ん中なのです。上は母にずっとみられていて、下はかわいくて、という感じですので。
―二番目のお子さんはいちばん放っておかれるような立場ですよね
ご姉妹も絵は描かれるのでしょうか?
いや、それぞれ服飾のデザインなどへ進みました。
―皆さん、アートに近いところにいらっしゃるのですね
中田さんは大学で学ばれる前から高校では美術部などで活躍されていたのですか?
いや全く。何にもしていませんでした。
―では美術大学に入ろうと思ったきっかけは何だったのですか?
高校で進路を決めるときに、やっぱり好きなのは絵を描くことかな、と思いまして、母に相談したところ、予備校へ行くことを勧められました。
まずはそこでデッサンの基礎を学んでいたのですが、なにか急に絵を描いているということが恥ずかしくなってデザイン科をみにいったのですね。
―中田さんの経歴を拝見しますと、中田さんははじめにデザインの方を行かれて、その後、油画の方に行かれたのですね
ホルベイン・スカラシップに応募された際のポートフォリオにはアクリルで描かれている作品が多かったと思いますが、(スカラシップの要求品をみると)今は再び油絵具で描かれているのですか?
今は全部、油絵具ですね。
―アクリル絵具を使われてから油絵具に戻られた、とのことですが、あらためて使う油絵具はどのように感じましたか?
最初は乾くのが遅くて少しイライラしましたが(笑)、やはり深さ、層の重なり方が魅力的だな、とあらためて思いました。
またしばらくは油絵具でやってみようと思っています
―油絵具を再び使われるようになったことについて、ホルベイン・スカラシップに認定されたことは関係がありますか?
とても関係があります。再び油絵をはじめようと思っていた際、友人やギャラリーの方にホルベイン・スカラシップのことを教えてもらって、これはちょうどいいと思って(笑)
油絵具は学生時代に購入した十数色くらいしか持っていなくて、それを使ってみたのですが、蓋が開かないものもあったりしたくらいでしたので(笑)
―それはすごい!狙い通りですね(笑)
話は戻りますが、まずは多摩美大に入学されてデザインを学んでいらしていたのですね
再びファインアートへと行かれるきっかけは何だったのでしょうか?
デザイン科が自分には合わな過ぎて。多分、夏休み前の3か月くらいしか行っていません。
親には内緒で(退学の)届けを出したりして(笑)
―作品に触れたりしたこともきっかけになりましたか?
多摩美を辞めて次の女子美大へ行ってみようと思う間に、やっぱり自分の中で絵を描きたいという気持ちがすごくあって、こそこそ描いていたのです。
やっぱり絵を描くことの他はもうあきらめるしかないな、と思いました。いろいろなプライドはどんどん切り捨てていって結局は絵に行ってしまうのだな、と。
―中田さんにとって絵を描くことは楽しいことですか?
すごく楽しい、という訳ではないです。
表面的に「こういう動きが出た」とか、単純に「きれいだな」と思ったときは「よし!」とは思いますが、絵の内容を考えたり、構想を練っている時はいろいろと自分を深堀りしなければならないのでしんどいかな、と思うときがあります。
―中田さんにとって絵を描くこととは自分との対峙、対話が目的なのですね。だとすれば苦しい部分もありますよね
スカラシップに応募いただいた際に提出していただいたポートフォリオにあるステートメントの中に、「お隣に住んでいた方が孤独死をされた」、とあります
そうした誰にでもある訳ではない、少し変わった経験をされた影響があって今の作風にたどり着いたということですが、それまではどの様な作品をお描きになっていたのですか?
それまでは抽象っぽい感じの線画を描いていました。
テーマは私がすごく好きだった人と別れた時の気持ちを感情的に、後に残すために描いていました。筆など使わずに力を込めて描ける、切り刻むような感じで使っていました。乾く時間も惜しい感じで、とにかく(感情を)どんどん出していく作業をひたすらしていました。
―先ほど申し上げた、中田さんの少し変わった経験ですが、以前お隣に住んでいた方が孤独死をされた、ということですね
ステートメントには隣人の孤独死が「はじめて人の死を納得できた出来事」であり、「それ以来、自分の死の前後のことを描くようになった」とあります。
また、この体験を通じて「死への憧憬を感じた」ともありますが、この出来事が制作活動にどのような影響を及ぼしているのでしょうか
それ以来、(死を)知りたいという気持ちも強いですし、自分が死んだ後に対する興味、憧れ、というか、私がいなくなった後周りがどうなっていくのか、その未来のことを想像しながら作品を描いています。
―このことがある以前にもお知り合いなど近しい方が亡くなられたこともおありかと思いますが、中田さんはこの時初めて死を実感、納得したのですね
そう、それが自分でもびっくりしています。
いろいろ描いて考えているうちにはっきりしてきたのですが、知っている人だとその人との思い出など、深い関係性があるのですごく主観が入るのですね。
面識のそれほどない、お隣の方が亡くなり、片付けられていく事務的な物音を聞いて、「そんなものなのだな」と思うと同時に、それが逆に死を実感させられて、ものすごくリアルな体験でした。
―強い実感を伴った事象を自分自身のことに置き換えることで、さらにリアルに感じた、ということなのでしょうか
(現在居住している)ひとつ前の家でのことだったのですが、亡くなった方の部屋と私の部屋が同じ間取りで、どういう風に、どんな体勢で、とかいろいろ考えてしまって。
とても不思議な体験でした。
―逆に身内の方だとそのような感情はなかなか湧きませんよね
そのことが現在の中田さんの作風に多大な影響を与えている訳ですね
ポートフォリオで中田さんの作品を何点も拝見していますが、あまり色数は使われていない、それに使われる色も大きく変えていないと思います。
ですが、作品によっては明るい雰囲気にみえたり、また別な作品では沈鬱に窺えたりなど、作品によって印象がかなり違う、と感じましたが、それは中田さんが意図的に描き分けたのでしょうか?
いや、描き分けたということではないです。
私は場面を想像して作品を描くことが多いのですが、その場面が、たとえば太陽がすごくキラキラしている中にある植物だったりすると明るい印象になったりします。
―このアトリエであらためて中田さんの描いた作品を目の当たりにすると、あらためてそれぞれ印象が違うなと、とても不思議に感じました
普段、制作はどのように進められるのですか?まずはドローイングから?
私、ドローイングしないんです。いきなり描きはじめて、そこからその中で動かしていくことが多いですね。
以前はドローイングをしていたのですが、形にすごく拘ってしまって、「これはこうしなければ」となってしまったり、緊張してすごく体が硬くなってしまうのです。できなかったらどうしよう、と。それなら制作する中で何とかする感じです。
―支持体はキャンバスをお使いですね
はい、今はキャンバスです。アクリルの時はパネルを使っていて、ちょっとキャンバスを試したりとかして、また今は全部キャンバスになった感じです。
―中田さんのことを少し訊かせてください
個展をされる時はどのように展示されますか?
たくさん作品を持って行って、引いていく感じにしています。だいたいいつも10点くらいは下げる感じでつくっています。
―かなり多作でいらっしゃいますか?
そうですね、ほとんどいつも描いています。
―影響を受けた作家はいますか?
あまりないです。好きな作家さんはいますが。
結構、小説などから影響を受けたりすることが多いかも知れないですね。
―そうなのですね
小説はよく読まれるのでしょうか?好きな作家さんはいらっしゃいますか?
はい、小説はよく読みます。今は安部公房とか、筒井康隆とか好きで読んでいます。
―小説からインスパイアされることがよくありますか?
タイトルとか、めちゃくちゃ一緒に作っていく感じなので、そういう時に出てくる単語が日頃小説を読んでいると言葉遣いなんかがちょっとずつ影響されていったりしているな、と思います。
―では絵を描いているか、本を読んでいるかという感じなのですね
本は紙(の本)で読みますか、それとも電子書籍で?
電子はだめですね、活字でないとなかなか読めないです。
―最近、本を読まれる方も少なくなってきているそうですね
では、文章を書かれることもお好きですか?
文章というほどでもないのですが普段、言葉の端や頭に浮かんだ一文をちょこちょこと書き留めていたりしていて、日記にも近いのですが、それが溜まってくると次の展示のステートメントにも少しずつ影響していたりしています。そういう文章は日頃からためていくようにしています。
―では「日々、制作」なんですね
生活の中に入り込んでいるというか、生活の一部というか
私は外に出るのが得意じゃないという事もありますね。
―それは以前からなのですか?
そうですね。音が多かったりすると圧倒されてしまいます、情報量が多くて。
―では人混みも苦手、必要がなければ出かけたくないという感じですか?
はい、スーパーに行くのも躊躇うほどです。明日行くぞ、とか(笑) でも時間遅いな、とか(笑)
―中田さんは内省的な方なのでしょうか?
結構、使い分けられるのですよ、私。仕事の時は仕事の自分でいられるし、家に帰ったら(家に)籠りますし。
―今日のインタビューは自然な感じでお話しさせていただいています
家の中なので割とリラックスできていますから。
―きっと描画する中でご自分と対話することが中田さんにとって大切なことなのでしょうね
私(聞き手)は、絵を描いていると飽きてしまう方なので、制作に没入できるという事は素直にすごいことだと思います。その上、自分の感情を作品を通じてあらわすことなどは私にはできないです
それがアーティストであって、私のような「普通のひと」と最も異なるところなのではないかと思います
私は「普通」に憧れますけれどね。絵を描いていても誰かの役に立つ訳ではないですし。
私はそう思っています。
―そんなことはないと思います
中田さんの作品を観ることによって感情が動かされ、絵をはじめてみよう、感情を絵画にぶつけてみよう、という方も現れていると思います
人の心を動かすにはやはり作品の、芸術の力によるところは大きいと思います
中田さんとホルベイン
―ホルベインのことは、いつくらいからご存じでしたか?
女子美大で油絵をはじめる時でしたね。クサカベとかほかのメーカーのものと一緒に購入したりしていました。
―では最初に使われた油絵具はクサカベ製? いまはホルベインのものが多いようですが
最初に使った油絵具はクサカベさんのものです。今も少し残っています。
―ホルベインの油絵具はいかがですか?気に入っていただいていますか?
はい、とっても気に入っています。「意外と私、こういう色使えるんだ」みたいな体験が多くて、使ってみて本当に良かったと思っています。
―ホルベインの絵具を使用することによって技法的なことなどでなにか変化はありましたか?
いちばん影響があったのはマットメディウムですね。画面にツヤを出すのが嫌で、どうしたものかと思っていましたが、こういうものがあることを知らなくて。
油絵の技法や材料をあまり知らなかったのです。これはたくさん頼みました(笑)
今後はこうした画用液やメディウムをいろいろと使い分けられたらいいな、と思っています
―絵画は言葉と通じるところがあると思います。
人から人へ、気持ちを言葉で投げ、受け取ることで、意識転換やひらめきが起こります。
絵画もまた、言葉以上に作家の気持ちを伝えることができます。
それは話すことでコミュニケーションをとることととても似ていると思いますし、それを通じて話し手や作家は誰かと必ずつながっています。
自分と対話するために制作を続けている中田さんも、実は作品を通じてきっと誰かとつながっているに違いありません。
プロフィール
中田 さつき
NAKATA Satsuki
個展
グループ展
受賞
Instagram https://www.instagram.com/nakatasatsuki.0519/
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