色材の解剖学⑲ アクリル絵具【基礎編】
色材の解剖学では、色材に関する基本知識から専門的な内容まで制作に役立つさまざまな情報をご紹介します。
アクリル絵具【基礎編】
20世紀に生まれた絵具
アクリル絵具は1950年代のアメリカで誕生。50年代、60年代の抽象表現主義の画家たちがこぞって作品を制作・発表したことから、瞬く間に世界中に広まった絵具です。アーチストたちを魅了した理由は、水で薄めて使用できること、速乾性があること、発色が鮮やかなこと、混色制限がないこと、基底材を選ばず、砂を混ぜるなどのマチエールづくりやコラージュが容易にできることなど、それまでの油絵具にはなかった特長が挙げられます。
アクリル絵具とはそもそもどんな組成、性質を持つ絵具なのか。表現の可能性を広げるためには、どんなプライマー、メディウムを使えばいいのか。そういった点から、数回にわたってアクリル絵具を解剖してみます。
油絵具との相違点 ―アクリル樹脂、エマルションの特性
アクリル絵具が油絵具と大きく異なるのは、メディウムに合成樹脂を使ったことです。合成樹脂は石油からつくられるエチレンを原料にしたもので、アクリル絵具に使われている樹脂(アクリル樹脂)は、エチレンを連結させたポリマーという高分子化合物の一種です。アクリル絵具は、このポリマーを固体の微粒子のまま水中に分散させた乳濁液(エマルション)に顔料を混ぜてつくられます。
図はアクリル絵具の組成と乾燥のプロセスを、単純化して示したものです。
チューブから取り出したアクリル絵具は、水の中に顔料とアクリル樹脂が分散した状態で、全体の約4分の1が水でできています。
水分が蒸発し、乾燥が進みます。
完全に乾燥すると、ポリマーと顔料同士が集まって耐水性のある塗膜をつくります。これが、アクリル絵具が乾燥・定着した状態です。
「アクリル絵具は痩せる」というのは、体積の4分の1を占める水が蒸発してなくなってしまうからです。
また、ポリマーはエマルション状態のときは乳白色で乾くと透明になるため、濡れ色と乾き色に差が現れます。濡れているときは白みがかって明るく、乾くと白みが消えて明度が下がり暗く見えます。
体積の減少、濡れ色と乾き色の差。油絵具になじんだ人がアクリル絵具に物足りなさを感じるのは、この2点かもしれません。
しかし油絵具に比べてアクリル絵具は乾燥が速く、ガラス板上に1ミリの厚さにアクリル絵具を塗った場合、完全に水がなくなるまで72時間という実験データがあります。キャンバスなど吸収性のある地に塗った場合は、さらに短時間で乾燥します。
水で簡単に溶くことができ、乾燥すると耐水性になるアクリル樹脂を使ったアクリル絵具は、欠点を補う多くの魅力を持っています。
アクリル絵具の仲間
顔料をエマルションで練り合わせたのがアクリル絵具ですが、顔料の量やエマルションの種類を変えることで様々なタイプのアクリル絵具になります。
「アクリリック カラー[ヘビーボディ]」は通常の透明~半透明色のアクリル絵具で、油絵具のような高めの粘度で定着性に優れ、扱いやすいのが特徴です。つやのある画面に仕上がります。
「アクリリック ガッシュ(旧名:アクリラ ガッシュ)」はアクリル樹脂の濃度を低くしたものに顔料を混ぜ、不透明色にしたタイプのアクリル絵具です。マットでつやのない画面に仕上がります。
この他にも、はちみつのようにトロトロとした低粘度の「アクリリック カラー[フルイド]」や、水のようにさらさらとした液状の「アクリリック[インク]」があります。粘度に違いはありますが、どちらも「アクリリック カラー[ヘビーボディ]」と同程度の有色顔料濃度をもち、色の濃さや鮮やかさを保ちます。水を加えて薄めなくとも自由な筆さばきや表現が可能になった製品です。
以上は水性タイプのアクリル絵具ですが、アクリル樹脂をシンナーなどの 有機溶剤の中で重合させてつくりだした油性タイプのものがあり、これを流動状にし て顔料を混ぜたものを油性アクリル絵具といいます。絵画の修復など、特殊な用途に使われます。
色材の解剖学は順次資料室へ収録していきます。