絵具、絵画材料のホルベイン

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アーティスト インタビュー vol.18「荒井 理行」

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次代を担うアーティストの背景、作品に対する思い、メッセージを伺い、その素顔に迫る「アーティストインタビュー」。
Vol.12からは第35回ホルベイン・スカラシップに選ばれた奨学生のインタビューをお届けしています。

最後を飾るのは、さまざまな活動をされている荒井 理行さんにお話をうかがいました。

想像が出力されていく瞬間

―荒井さんは小さな頃から絵が好きでしたか?

絵は、好きは好きだったけど、どちらかというと粘土をいじったり、ダンボールで何か作ったり、工作的なことの方が圧倒的に好きでした。
絵画教室に通わせてもらっていろいろやりましたが、その中で一番工作が好きでしたね。

―それは小学生の頃ですか?

小学校低学年の頃ですね。地元の教室に行ったりしていて、そこで工作したのが創作の始まりだったのかなと思います。

―工作からステップアップされて、作品を本格的に作ろうとされたのはいつぐらいからですか?

気付いたらこうなっていたのが一番正しいかなと思います。ここからが作品で、ここまでは作品ではない、みたいな境が自分の中ではよくわからなくて、人に見せる・発表するという前提が徐々にハッキリしていったように思います。
昔は見せる・見せないという考えがあまりなかったので、そういう意味では作品という意識がなかったのかもしれないです。
でもまったくの無関係でもなかったので、地続きでちょっとずつ変わってきた感じですね。
活動として一番活発になったのは実はここ数年で、一時期すこしブランクがありました。

―そうなのですか!?

あまり言いたくはないですけど・・・(笑)
愛知県立芸術大学大学院を修了してから大阪の地元に戻って、本来なら制作に没頭していく流れが良かったのですが、生活することに追われすぎてだんだん制作と距離ができてしまって、そういう鬱屈とした時期がかなり長くありました。
制作もしていたし、発表の機会もあったのですが、そこに十分な力を入れられませんでした。集中できてなかったですね。
大学の友人が茨城県にある共同アトリエ「スタジオ航大」にいて、空きができたから関東に来ないかと誘ってもらったのがきっかけでした。
以前から何か機会を探していたというのもあったので、今行かないともうやらなくなるのではと思い、その当時やっていた仕事もやめて関東に引っ越しました。

―一大決心ですね

でもまぁ、環境を変えたかったので、スッと来ましたね。

―タイミング的にちょうど良かったのかもしれないですね。

それでこっちに来たから、何もかもうまくいくのかっていうとそうではなくて、かなり長いブランク(といっても何もしなかったわけでないですが)があったので、動きが悪くなっていて、そこから制作というものが自分の中でしっかりかみ合って動き出すまで1年くらいかかりました。
作るっていうことが普通のことになるまで、無理やり歯車を回しているようなぎこちなさが長い間あって、それが近年やっとかみ合ってきて、制作が一番活発になってきた感じです。

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―現在、シリンジ(注射器)を使用して制作をされていますが、それはスタジオ航大に来る前からですか?

いえ、来てからですね。来る前は油絵で描いていました。
プロセスは今と同じで、写真の外側を描くということをやっていましたが、その時は筆で写実的に写真と同じ質で細かく描くようなスタイルでした。
30×30cmほどのサイズの絵を描くのに、だいたい1ヶ月くらいかかり、1年間に沢山は描けないということと、著作権の問題というのがあって、人の写真を使うのに確認が必要になる場合もあり、制作がなかなか進まなくてストレスになっていました。

―今まで写実的に描かれていましたが、なぜ表現方法を変えたのでしょうか?

筆だと描きすぎてしまって、しっくりこなくなってきていました。
写真の外側を想像して描いている時、想像が出力されていく瞬間は写真ほどハッキリとは表れてきていないので、形になるか否か、形が整い切らない曖昧さ、脆さを出していくには、筆ではちょっと難しいなと。
どういうことができるかなと、一時期は指で描いてみたり、下絵を残しながら描いたりとかしていましたけど、違和感が強くありました。
ある時、たまたま入った喫茶店の壁に刺繡の絵が飾られていて、糸による解像度が低いようなハッキリしていない感じがヒントになるなと思い、いろいろと考えた結果、絵具を押し出して描けば、絵具がはみ出たり、垂れたり、コントロールできて70%くらいで、そういうものを孕みながら描けたらいいのかもしれないと思いました。

―お店で偶然見た刺繡の作品がきっかけで、新しい表現方法のヒントになったのは面白いですね。
シリンジで描くようになってからアクリル絵具に移行されたのですか?

そうですね。それまではずっと油絵具でした。
実は、アクリル絵具はとても苦手だったんですよ(笑)
油絵具が持つ硬さや抵抗感、乾きにくさ、混ざり具合だとか、やっぱりアクリル絵具にはないので。筆で描くなら油絵具だなっていうのもありますね。
アクリル絵具はドローイングとか部分的に使ってみようとしてきましたが、馴染むことができなくてずっと使い道がありませんでした。
これは合理的な判断ではありますが、シリンジで描くとなった時、油絵具だと固すぎて押し出せないし、乾燥しても体積が減らず過剰にもりもりしてしまうと思いまして。
あまりモリモリに絵具をのせることをしたくなくて、アクリル絵具くらいのボリュームがちょうどよく、あと道具の手入れのことも考えると、水性絵具かなと思い変えてみました。

―いつもと違う絵具で描かれるということで、最初は慣れない点もあったと思いますが、どういった点でやりにくさを感じましたか?

最初はやっぱり筆のそれの動きになってしまうことですね。
筆を使うように絵具をシリンジから押し出す癖があったので、それを少しずつ削ぎ落とすようにしていきました。
どうしても筆を持っていた時間が長かったので、その癖をどんどんなくしてゆくのに時間がかかりました。今でも油断していると筆になることがあります。

―シリンジを使うというアイディアが純粋にすごいなと思いました。

絵具を袋に入れて押し出すという手法は時々みかけたことがあり、東南アジアの作家に多いイメージがあります。なので、そんなに珍しい手法ではないですが、何のためにこういう手法を使うのかは、それぞれ作家で違いがでるのかなと思います。

―絵にレイヤー(重なり)を感じられるのですが、油絵具で描かれていた時とで何か通ずるものはありますか?

絵具が下層の影響を受けて発色するという構造だったり、例えばパソコンの画面を開いている時に複数のウィンドウが同時に開いていて、前後関係がありつつひとつの画面になっていたり、今こうして話している時にちょっと夕飯のことを考えてたり(笑)っていう意識の中で多層化されていたり、そうゆうものがいろいろ関係しているのかなと思います。
何かを見ている時に、そのものをだけを見ようと努めることはできますが、通常は複数のことが頭の中で走っていますし、あと個々人のバックグラウンドや記憶によっては見えているものが変わっているので、そういうことでレイヤーというものを考えていますね。

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表現と画材

―今回、奨学生になって荒井さんが選ばれた画材は、主に「アクリリック カラー[ヘビーボディ]」 でしたね。

特色を除きほぼほぼ全色いただきました。他にはメディウム系とジェッソ…あとナイフですね!
こんなに高いナイフは自分では買わないので、こういう時にこそ手を出してみようと思って選びました。でもこれは本当に良かったです!

―それまではアクリル絵具は他のメーカーの絵具でしたか?

そうですね。スカラシップに応募したのはこの技法になって3年くらい経った頃でした。やっと今使っているアクリル絵具の使い方が身に沁みてきたというか、調色とかもあまり考えなくても目的の色がすぐ作れるようになっていましたが、ホルベインを使う、となった時、やっぱり最初は混乱が起こりました。
色数が全く違うし、混ぜた時の情報もこれまで蓄積してきたものと全然ズレますし、また一から絵具を扱う勘を作らなきゃいけなくなるので、最初はなかなかストレスでしたね。
今もまだちょっとわからないところがあって、思った色が作れないこともあるのですが、やっぱりこれだけ色数があるってことは選択肢が広がっていいですね。
どうしても薄塗ができない技法なので、高い明度で発色させる手段が限られてしまいます。下地の明るさを利用することができず、透明色の透明度を活かせないので、基本的に色が少し沈んでいきやすくなります。
そういった点で、扱える色数が大幅に増えたのは良かったです。

―同じアクリル絵具でも、弊社の絵具を取り入れたことで絵に何か影響はありましたでしょうか?

メーカーで同じ色名で出していても、比べてみると全然違う色だったりしますし、この色でもうちょっと彩度があればいいなと思ったらホルベインの方にはあって、今まで届かなかった色調まで扱えるっていうのは良かったですね。
あと絵具の硬さもちょうどよかったです。柔らかすぎると出した後、簡単につぶれてしまうので、ある程度硬さがあった方が良くて。

―自重で潰れてしまうのですね。

そうですね。メディウムを混ぜたりもするのですが、発色をある程度引き上げようとするとそのままで使えた方がいいこともあります。
今更ながら蛍光色も手を出せばよかったなとちょっと思っています。今まで調色に蛍光色は使ってこなかったのですが、発色のさせ方で無理がある時はちょっと忍ばせるとかなり違ってくるので。

―オペラとかイエローとかは特に目にきますよね。

色の基準が貼っている写真になるので、その発色を基本的に目指すことになるのですが、絵具とインクでは物が違いますので、どうしても色として再現不可能な部分もあり、そこをどれだけ摺り寄せができるかっていう感じですね。
絵具単体で無理な時はスキマから見えている下にある色を利用しています。
印象派の色の作り方は参考になりますが、直感的に混色した色を乗せるのではなく、理屈で考えて色を作っていかなきゃいけないので、なかなかやりにくいですね。
そこの色だと思ってまっすぐその色を目指すとその色が作れなくて、あっちとこっちって違う方向から色を作らないと作れないので、そういったもどかしさがちょっとあります。筆で塗ったら一瞬なのになぁって。

―油絵具ですと思った色と違えば修正できますが、アクリル絵具ではそれも難しいですね。

実はこれ、剥がすことも不可能ではないんですよね(笑)

―そうなのですか!?

のせた瞬間はもちろん触ったらべちゃべちゃになってしまって取れないですが、一日置いてほどほどに硬くなったところなら引きはがすこともできなくはないです。
でも一週間とかたってしまうとがっちり固まってしまうので剥がすのは無理ですね。
どうしてもダメだってなった時、まれにやります。
でもまぁ基本的にはやらないですね。受け入れながらやっています。

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―写真(モチーフ)はどう選ばれていますか?

写真は日頃から集めていて、それを印刷してしばらく眺めて、興味が持続するものや、逆に興味が持てないものでも持てないなりに広がることもあるので、そういうものも混ぜたりします。

―元々の写真というのは、最後には外してしまうのですよね?

そうですね。そこにあった元々の写真が何であったのかも言うことはないので。

―作品によっては複数の写真を使用する場合がありますが、写真同士に何か関係はあるのでしょうか?

関係はないものを選んでいますが、写真の内容がぶつかるようなものを重ねることが多いかなと思います。
写真自体に関係性はないですが、間にいる僕自身で関係性が生まれる…というか、勝手に関係させちゃっています。
それはものを見ることとちょっと関係していて、例えば、絵は絵具で描かれていますけど、絵具は絵具であって、絵具でしかないのに何か風景に見えることがあったり、イメージに変換されたりします。
イメージがオーバーラップすることが常にどこでも起こっていて、絵具、絵画が媒介して異なるイメージ同士の関係を結んでいます。

―描いているうちに何か気付きなどありますか?

何回も同じ写真を使ったりしますけど、1年くらい扱ってきた写真でも分からないことばかりです。
写真が持つ情報量はとてつもなく多く、言語から切り離されてしまった写真というのは勝手にいろいろなものに繋がったりしますので、一年眺めているくらいじゃ拾いきれないのかもしれないです。
見慣れた気になって見ていると何も変わらぬ印象を受けるけど、ふとしたことで見え方が変わることもあって、見るということの難しさを感じますね。

―今ここに飾られている作品を見ると、ハンバーガーの写真を多く使用されているようですが、この写真に何か気づきなどがあったのでしょうか?

ハンバーガーはどこからどう描いても結構ハンバーガーなんですよね。
だからそんなにハンバーガー自体がいろんな方向に進んでいくのかと聞かれるとそこまではなくて、写真を拡張してハンバーガーがあるテーブルを描こうと思って描いてみたのですが、全然イメージが広がらなくって、あまり描けないうちに次の写真に移行したりします。

―比較的風景系の写真をモチーフにされていたので、ハンバーガーという物の写真モチーフの作品を見て少し驚きました。

今まで社会的な問題に関係する写真を使うことが多かったので、自然と状況を撮っている風景写真が多くなりましたが、ハンバーガーは…なんか描きたくなったんでしょうね(笑)

―そういう時ってありますよね(笑)

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ホルベイン・スカラシップ

―ホルベイン・スカラシップは以前からご存知でしたか?

大学生の頃から知っていました。
同じ学部の友達がスカラシップ奨学生になっていました。こんなに画材使い切れないよ!って、嬉しい悲鳴を上げているのを見ていました(笑)

―時々、奨学生だった作家さんにお会いすることがあるのですが、まだ当時の絵具が残っているって聞いたことあります(笑)

僕も当時スカラシップに応募しようかな、と思っていましたが、その時は絵ではなく立体を作っていたので、絵具はそんなに必要なくて。
その後、写真を貼って周りを描くという絵を描くようになるのですが、作品が小さくて絵具も薄塗だったので、スカラシップで支援してもらうほどではないと思い、然るべき時が来るまで溜めとこうと思いました(笑)
でも、そうこうしているうちに忘れてしまい、オープンスタジオの時にお会いしたホルベインの方からスカラシップの話を聞いて、まだ出せることを知って出してみました。

―ということは、今回はじめての応募だった?

そうですね、はじめてでした。

―スカラシップに対して、何かイメージなどありましたか?

すんごく山盛りで絵具もらえるっていう(笑)
ただ自分自身、こんなに絵具を消費する作品を作るようになるとは思いませんでした。なので、ちょうどいいタイミングでした。こういう機会がないと他のメーカーの絵具に手が出せなかったと思います。
やはりどうしても量を求めると安さも求めてしまいます。

―そうですよね。油絵具を使用する奨学生もいるのですが、スカラシップを機に高品位油絵具「ヴェルネ」を試してみたら、それ以外使えなくなっちゃうとよく伺います。

確かに。今このアクリリック カラー[ヘビーボディ]なしと言われるとツラいですね。
今回は全く違う画材を使うような挑戦にならなかったですが、メーカーが違うだけでこれだけの色数が使えるようになって、絵もちょっと変わったのかなと思います。

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―話がガラッと変わってしまいますが、この机の上にあるものは何ですか?

これは、調色に失敗したり、余ったりした絵具ですね。
絵具墓場というか、どうしても絵具をダイレクトにごみ箱に入れてしまうのはツライものがあるので作品とかではなく・・・供養みたいな。
アトリエに来た人だけが直に見られます!

プロフィール

荒井 理行
ARAI Masayuki

1984年
アメリカ生まれ
2009年
愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻 卒業
2011年
愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻 修了
2023年
茨城県を拠点に制作活動

個展

2024年
「Imaginary Accumulation」三越コンテンポラリーギャラリー(東京)
2023年
「Like Paintings 005」銀座蔦屋書店アートウォール(東京)
「like paintings」Primo Marella Gallery(Lugano, Switzerland)
2022年
「絵画のように / like paintings」日本橋三越本店 美術サロン(東京)
「絵画のように / like paintings」un petit GARAGE(東京)
2021年
「絵画のように / like paintings」STANDING PINE(愛知)
2019年
「歪む水平線」STANDING PINE(愛知)
2016年
「vanilla:」vanilla:(愛知)
2011年
「picture picture」YEBISU ART LABO(愛知)

グループ展

2023年
「CONCERTO」Lurf Museum(東京)
2021年
「STUDIO KODAI vol.2」CAPSULE(東京)
2019年
「KIAF ART SEOUL 2019」COEX Hall A&B(ソウル)
「ART BUSAN 2019 INTERNATIONAL ART FAIR」BEXCO(釡山)
2018年
「ART021 SHANGHAI CONTEMPORARY ART FAIR」hanghai Exhibition Center(上海)
2017年
「オブジェダール 未来の途中」京町屋キャンパスににぎ(京都)
2016年
「INTERWOVEN ~編みこまれた世代~」INTERWOVEN ~編みこまれた世代~(愛知)
2015年
「『未来の途中』の先を夢見る。」ARTZONE(京都)
「Slice Pack」Galerie16(京都)
「これからの、未来の途中」京都工芸繊維大学美術工芸資料館(京都)
2014年
「VOCA展2014」上野の森美術館(東京)
「Lagrangian Point」Gallery PARC(京都)
2013年
「あいちトリエンナーレ2013」納屋橋エリア:東陽倉庫(愛知)
「Summer Drawing Show」GALLERY SIDE2(東京)
「relational map」STANDING PINE(愛知)
2012年
「うつす」愛知県美術館ギャラリー(愛知)
「うつす」florist_gallery(愛知)

パブリックコレクション

UESHIMA COLLECTION
宮津大輔コレクション

受賞歴他

2022年
第35回ホルベイン・スカラシップ奨学生
2014年
VOCA展2014 入選

Instagram @masayuki_arai_408


■前回の「アーティスト インタビュー」記事はこちら!

アーティスト インタビュー vol.17

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