絵具、絵画材料のホルベイン

ニュースリリース > トピックス > アーティスト インタビュー vol.17「大久保 紗也」

アーティスト インタビュー vol.17「大久保 紗也」

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

次代を担うアーティストの背景、作品に対する思い、メッセージを伺い、その素顔に迫る「アーティストインタビュー」。
Vol.12からは第35回ホルベイン・スカラシップに選ばれた奨学生のインタビューをお届けしています。

その第6回目は、さまざまな活動をされる、大久保 紗也さんにお話をうかがいました。

自分がしたいこと

―最初にいつも皆さんにお伺いしていますが、子供の時からどんどん絵を描いていましたか?

そうですね、意識的に絵を描くようになったのは物心ついてからです。
一人子だったのですが、家の中でできる一人遊びということでよく絵を描いていました。親が絵の好きな人だったので、ルネサンス期から印象派、キュビズムから奈良美智まで 様々な画集が家にありました。それを模写して遊ぶことが多かったです。
そこから絵を描くことが今現在までずっと続いている、という感じです。

―模写もされていたというと、学校の図工や美術の時間で絵を描くことはお好きでしたか?

好きでしたね。絵を描く課題から立体造形までどんな課題でも楽しかったです。小学校の頃は特定のテーマとか、この物語に沿って描いてくださいとかそういった課題が多かったように思いますが、自由課題と変わらず好きでした。

―最初に触れた絵具は、小学校の頃だとやはり不透明水彩とかだと思いますが、中学では美術部に入って油絵具を触られましたか?

中学は剣道部でした。
ちょっとだけ剣道部に入って、その後は受験のために塾に通いつめていたので、すぐに辞めてしまいました。体力もなかったので(笑)

―受験というのは、美術関係の受験ですか?

いえ、進学校を目指していたので、少し厳しめの塾に行っていました。個人的に、マンガ的な絵や模写的なものをずっと描いてはいました。

―最初からアーティストを目指しているという感じではなかった?

ではなかったですね。
小さな頃は絵描きとか、漫画家などが選択肢にあったのですが、10代後半は慶応大学の佐藤雅彦ゼミに行きたくて、そのために進学校を目指していたりもしていたのですが入った高校を途中でやめてしまって。そもそも「学校」という組織に肌が合わなくなってしまい、学校を辞めて家で絵を描いたり、本を読んだり、散歩したり、という生活をしていました。その間、初めて切実に "自分がしたいこと、できることは何だろう" ということを考え、やっぱり絵を描くことが自分の中心にあるのではないかと思い至り、美大を目指すことを決めて大検を取って、京都造形芸術大学を受験しました。

240731_GoodforArt_ex01.jpg

―では、その頃から作品作り、創作活動というものを始められたような感じでしょうか?

作品作りというほどではありませんが創作はしていました。
美大受験にあたって予備校に行って、そこで初めて油絵具を触ったという感じですね。

―そうなのですね!

それまでは鉛筆や木炭、水彩系の絵具で描いていましたが、そこで初めて触った油絵具が非常に自分に合っている、馴染みやすい画材だなと感じて、大学では油絵を専攻しました。

―大久保さんにとって油絵具のどこが気に入りましたか?

乾燥のスピードや、絵具の粘度が非常に扱いやすく感じました。水彩やアクリルの乾燥の速さや、乾燥後のパリパリとしたテクスチャー、画面上で筆を滑らせた時のサラサラとした感じが当時は少し扱いにくく感じていたので、それに対して粘り気のある油絵具のテクスチャーが自分の手にすごくしっくりきて、そこからずっと油絵具を使っています。

コントロールできない部分を意図的に作る

―最初の頃はどういった作品を描いていましたか?今の作風とは大分違ったように感じましたが?

受験のために繰り返し描いていたデッサンの延長線上で、大学の最初の頃は写実寄りの作品を描いていました。 卒業制作でも、人物の顔の部分のみを抽出して、画面の中で複合させ、匿名の、ある表象としての顔をテーマに描いていました。今と比べると具象的な作品が多かったです。

―今の作風にたどり着いたのは、いつ頃だったのでしょうか?

大学院に入ってからですね。大学院に入ってから、自分の手の遅さや完成するまでのスピード感に対して当時の制作方法が合っていないように感じてきて、絵を構成する要素それぞれをレイヤーごとに分けて制作する方法をとりました。地と図、ラインと色彩にレイヤーを分けて作り、完成時にひとつの絵として集約されるという制作方法にシフトしたことで、自分の作品に対して整理して考えられるようになり、そこからモチーフを人物に限定して描くようになりました。
今日は、大学院時代に影響を受けた作家の本や、当時よく読んでいた本を集めてみました。

240731_GoodforArt_ex02.jpg

現在の作風に繋がる最初のきっかけは、マティスの切り絵から着想を得ています。ハサミで切られた部分が輪郭線となり、図と地を分けているその構造が自分の求めていた表現に近かったため、大学院時代はマティスを研究対象としていました。
大学院では東島毅さんのゼミに入っていたのですが、ある時東島さんから「画面の中に捨印のような、ああいった部分を作れ」というアドバイスをいただいたことがありました。その頃の私の作品はかなり絵具の配置をコントロールしていて、形を限定して作っていたのですが、それをやめたら?ということだと解釈しました。この言葉は今でも思い出すくらい自分の中に残っています。その後は、画面の中に自分がコントロールできない部分というのを意図的に作るようになり、絵具の飛沫をそのまま残したり、ラインがどこにあるのかをあまり気にせず色をのせたりするようになって作品が変わっていきました。

―大久保さんが奨学生の頃、線と面を意識し、線を超えるような面作りをする、と伺っていましたが、今見せていただいた過去の作品では、確かに線の中に描かれていて、作品から変化というものを感じました。

初期の作品はラインの内側に色がまだ収まっているような状態でした。
ラインは、最後にマスキンクテープを剥がすことで画面上に出てくるので、絵具をのせる時はラインの内外を意識せず、絵具の動きと色彩で一度絵を完成させる、という意識に変わっていきました。今はもっと工程というか、絵具の重なりも色数もかなり増えました。

―キラキラと光沢感のある作品を拝見したことがありますが。

それはおそらくストロングメディウムやグロスメディウムを使用しているからですね。質感の違いは意識していて、光沢の有無を部分的に使い分けています。

240731_GoodforArt_ex03.jpg

―基底材に波板を使っていますが、試してみようと思われたきっかけは?

そもそも支持体自体に動きがある物に絵を描きたいと思っていました。線というのは二次元的なものですから、それが凹凸のある面にのった時に、像が崩れたり、再び線が繋がったりと鑑賞者の動きによって変化する作品を作りたいと思っていました。大学院時代にそういった支持体を探していた時、波板の規則的な曲面が良いのではと思い、そこから作品に使用しています。
実際に描いてみると絵具の付き方に特徴があるので、より物質的に絵の具が画面から浮 き上がって見えたり、凸部分と凹部分では出てくる色が異なったりと描いていて面白く、今も制作し続けているシリーズになります。

―作風にすごく合っているなと思いました。

京都に居た時のアトリエが町家の中にある倉庫のようなところだったのですが、ある時大型の台風の影響で、壁が壊れたり、瓦の一部が崩れたりと、アトリエの周りで被害を受けた家がいくつかありました。
台風が去った後、崩れた箇所を波板で塞いであったり、一時的な補修がしてあったり、しばらくはそのような「治療された家」を見ることがありました。
そういった壊れた部分を一時的に直すとか、治療するといった素材として、今は単に形状の面白さだけではない、自分のコンセプトとの繋がりを感じて波板を使用しています。

―私は趣味で写真をよく撮るのですが、古い家屋のトタンの感じとか好きですね。

いいですよね!古いスチール製のトタンは錆びてすごく良い色合いが出ていて、ああいうのも使って描けたらな、と思っています。

―私もあのような風合いに惹かれて写真を撮るのでわかる気がします(笑)

東島さんも自身の過去の作品について、大きな壁をイメージして作ったと仰っていました。彼がニューヨークでアシスタントをしていた時代に見た街角の壁がとても美しかったと聞いて、私も大学院を卒業して 2ヵ月ほどニューヨークに滞在した時に街の壁を注視していました。実際見てみて、「本当だな」と思いました。ポスターが貼られた跡が何重にも重なっていたり、グラフィティーが幾重にも消されてあったり、穴が空いていたり傷が付いていたり、人の痕跡だけが層になって残っている壁がとても美しく感じました。波板のシリーズはその時に見た汚れた壁を意識して作っているところもあるように思います。
現在はもう少しライン部分から見える塗装の面を工夫して、陰影をもたせて画面から浮きだって見えるように作っています。

240731_GoodforArt_ex04.jpg

―実際には見たことはないですが、どこかで見たことがあるかも、と思ったのは、そういうところなのでしょうね。

私の作品とグラフィティーを繋げて感想をいただくことがあるのですが、おそらくそういったところからではないかなと思います。
汚れた壁に、ふと何かのイメージが見えた時のような、そういった体験に繋がるところがあるのかなと。そうだったらいいなと思っています。

―油彩だとツルツルした素材は避けますが、これを基底材に選ばれたのは凄いですね。アクリルで下地を作ってから油絵を描かれていると思いますが、絵具を固着させるのは大変だったのではないでしょうか?

そうですね、作り始めの頃は絵具が滑ってしまうので、どうすればいいか結構悩みました。透明ジェッソを薄く塗布してみたり、でもそれだと刷毛目が出てしまったり、エアガンで吹いてみても溝に溜まってしまうこともあって、いろいろと試しました。
今は、金属・ガラスプライマーで素地を作り、その上からアクリルを塗装する方法で作っています。

―なるほど。プライマーはいいかもしれないですね。

何かもっと最適な方法があるかもしれないと思ってはいますが、今ところは絵の具がしっかりと定着するこの方法をとっています。

画材と変化

―話が飛んでしまいますが、アクリルと油絵具を使っていると伺いましたけど、着彩の際には、どのように筆を使っていますか?

筆は使っていなくて、大部分は自分で作った道具を使っています。

240731_GoodforArt_ex05.jpg

―大きなスキージですね!手作りでこんなしっかりと!
結構長く使っていらっしゃるのですか?

そうですね、これは大学院時代から使っています。絵具をのせて、引きずる感じで描いています。

―細かい描写はどのように描いていますか?

細かいところはナイフを使っています。小さいスキージもあります。

―たくさん種類があるのは、作品の大きさによって使い分けているのですか?

作品の大きさで使い分けていますね。
市販のスキージはあるのですが、ゴムやシリコン素材がほとんどで、私は固い材質のものが使いやすいのでアクリルや樹脂素材のものを作って使っています。
ゴムやシリコン製ですと絵具をこそぎすぎてしまうので、このぐらいの硬さのものが使いやすいです。もうちょっと大きいサイズのスキージも作りたいと思っています。

―これからどんどん作品を大きくする流れですか?

そうですね、今年のはじめに久しぶりに150号の作品を作ったので大きな作品も作っていきたいですが、今は展示によって作品のサイズ感を決めています。
道具に関しては、今あるものとは違う素材、形状のスキージや、もっと大きなスキージを使ったら今までとは違う表情で絵具がのせられないかなと考えています。
道具によって作品は大きく変わるなと思いますね。

240731_GoodforArt_ex06.jpg

―そもそもホルベイン・スカラシップは前からご存知でしたか?

大学や大学院の先輩方、先生方にスカラシップ奨学生が数名いたので以前から知っていました。大学院を卒業した年に一度応募しましたがその時は選外でした。当時は自分の作風もまだしっかり固まっているとは言えなかったので、まぁそうだろうなと(笑)

―第35回に応募しようと思った具体的なきっかけはあったのですか?

作品点数を重ねてきて、作風や制作方法、使う素材なども固まってきたタイミングだったので、応募するなら今かな、と思って。

―支給しました画材の中で、大久保さんに大きな影響を与えた画材はありましたか?

ほとんどはいつも使う画材をオーダーしたのですが、最後の方でパステルのセットをオーダーしました。
今、自分の制作が方法に頼りすぎているようにも感じていて、もっとシンプルなやり方を試したいと考え、絵を描き始めた頃のパステルや鉛筆、木炭などでのドローイングを再開したいと思い、2 種類のパステルのセットを注文しました。
作品未満の、手癖で描いているようなものなので発表する予定はないですが少しずつ描いています。
小さなタッチを積み重ねていくような、繊細な表現に今一度戻りたいとも考えていたので、そのきっかけとしてパステルをオーダーして良かったと思いました。
カメラロールにモチーフにしたい画像をたくさん保存するのですが、最近はそういった写真を自分の中で組み合わせてドローイングしています。

―気に入った物は片っ端から撮影したりスクリーンショットしたりしているのですか?

そうですね。
人間の行為やポーズをモチーフにするので、スナップショット的に撮ったり、報道写真を使ったり、スポーツの試合動画のスクリーンショットを使ったりしています。
人間の行為、ポーズをモチーフに、その背景にある物語やそこから連想されること、またはその誤認による齟齬をテーマにしています。

―これらの人物の動きもマスキングで表現している?

マスキングテープを使って線をおこします。
自分のドローイングを見ながら手で貼っていきます。線が細くなっているところとか、途切れている部分とか、その表情に合わせてカッターで切り出したり、手でちぎったり、なるだけ線の印象を写すようにマスキングをしていく感じです。

―ご自分がスカラシップ奨学生になってみて、ホルベイン・スカラシップに対するイメージは変わられましたか?

技術面や素材について直接お話しできる機会があると言うことが心強いと感じていて、特にホルベインさんは素材研究についての情報が開かれている印象で、「ACRYLART」(https://www.holbein.co.jp/resources/)などのアーカイブや、出版されている本(「絵具の科学」)など、これってどんな素材なのだろうかとか、この使い方はいいのかなとか、迷った時によく見ています。
そういった面からも、製品にとても信頼の置けるブランドだと感じています。
あとスカラシップについては、シンプルに金額を気にせずに素材を試せるというのはかなり大きいと思います。パステルの全色セットは自分で買うには少し勇気がいるので (笑)

―そうですよね。全色セットは躊躇してしまいますよね。

こういう機会だし、と思ってあの時オーダーしてみたことで、今の表現の仕方や制作方法について改めて考えるきっかけになって良かったです。

―普段使わない画材を試していただくこともスカラシップの目的のひとつとして挙げられますので、そう言っていただけると大変嬉しいですね。普段、他の方と画材や素材について話し合う機会は少ないのでしょうか?

先輩や作家の知り合いにたまに聞く、という感じですね。教えてくれるかどうかは別として(笑)
この使い方ってどうですかねとか、こういう場合どうしていますかとか、そういったことを聞ける機会はそんなに多くはないです。
以前、私が一番よく使っていた透明メディウムが廃番になる際、ホルベインさんに代替品となるストロングメディウムの紫外線での黄変の具合について何度もやりとりして検証していただきました。そういうことを聞ける窓口が外に開かれているのは本当にありがたいです。

―大久保さんご自身は、近々個展のご予定はありますか?

9月に京都で個展を予定しています。

―個展の準備でお忙しい中、インタビューをお請けいただきありがとうございました。これからの益々のご活躍、楽しみにしています。

240731_GoodforArt_ex07.jpg

プロフィール

大久保 紗也
OKUBO Saya

2015年
京都造形芸術大学美術工芸学科油画コース 卒業
2017年
京都造形芸術大学大学院芸術専攻ペインティング領域 修了
現在、東京を拠点に活動中

個展

2024年
「Leitmotiv」三越コンテンポラリーギャラリー(東京)
2022年
「Box of moonlight」WAITINGROOM(東京)
「The mirror crack’d from side to side」六本木ヒルズA/D ギャラリー(東京)
「We are defenseless. / We are aggressive (無防備なわたしたち/攻撃的なわたしたち)」三越コンテンポラリーギャラリー(東京)
2020年
「They」WAITINGROOM(東京)
2018年
「a doubtful reply」WAITINGROOM(東京)

グループ展

2024年
「collection #08」rin art association(群馬)
「RE:FACTORY_2」WALL_alternative(東京)
「SPRING SHOW」WAITINGROOM(東京)
2023年
「TAKEUCHI COLLECTION「心のレンズ」」WHAT MUSEUM 2F(東京)
「SPRING SHOW」WAITINGROOM(東京)
2022年
「SPRING SHOW」WAITINGROOM(東京)
2021年
「ビューイング展」WAITINGROOM(東京)
2020年
「10TH」WAITINGROOM(東京)
「ビューインク展」WAITINGROOM(東京)
2019年
「大鬼の住む島」WAITINGROOM(東京)

受賞歴他

2023年
第35回ホルベイン・スカラシップ奨学生
2017年
第4回CAF賞 白石正美賞

HP http://sayaokubo.com/

 


■前回の「アーティスト インタビュー」記事はこちら!

アーティスト インタビュー vol.16

■「アーティスト インタビュー」記事一覧はこちら!

Goog for Art